
『野池(下)の池揚げ』を先に記すべきなのですが、今回は、感情が高ぶっているうちに、記さねばならないと思ったことをば。
昨日、娘の七五三のお祝いを打出天神社にてさせていただきました。
うちの娘も、お蔭様で無事三つになったと、感慨も一入です。
その天神社は、娘を出産した産院の斜め向かいにあります。
ちなみに産院のお向かいは、村上春樹氏の『風の歌を聴け』の舞台にもなっている「お猿のいる公園」(今は、お猿居ません)です。
出産前、一ヶ月ほどその産院に入院していたのですが、その病室の窓辺から毎日、天神社に赤ちゃんが無事に産まれることを拝み続けました。
産院のお医者様からは、
「ベストを尽くしますが、前置胎盤の上、母体の状態も芳しくないので、万が一のことですが、出血多量になると母親の命は潰えますので覚悟してください。」
とのことでしたので、子どもだけは無事に産まれて欲しい、と。
なので、娘の名前は、出産前に正井と二人で考えたのですが、
菅原道真公の御神詠歌から引用させていただきました。
「東風ふかば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」
親は、「あるじ」ではないのですけれども…。
死に対する覚悟はしていたのですが、お医者様のお蔭で、命根性もしぶとく、今に至ります。
娘も、出産時のリスクは大きかったのですが、その後、大病もなく、無事に元気に丈夫に育ってくれていますので、本当に全てに対し、感謝でいっぱいです。
この調子で、スクスクと無事に育って欲しい一念です。
打出天神社では、お宮詣りの時と同様に、一家族ごとに丁寧に神事を執り行ってくださいました。
祝詞も恭しく、心静かに神様に奉じるつもりが、当の本人さんは、お草履でタップの如く、石畳を踏鳴らし続ける、といった神主さんの祝詞を掻き消す勢いのお行儀の悪さ。
「どうか、こんな娘にも神仏のご加護を賜わりますように。」
と、強欲なキクは、祈願いたしました。
こうして、なんとか滞りなく!?娘の通過儀礼を納めさせていただきました。
また、その前日、私はもう一つの通過儀礼の場に立ち合わさせていただきました。
舞妓さんが芸妓さんになる儀式までの僅かな期間に、舞妓さんが特殊な髪形をして、黒紋付を着、鉄漿で『黒髪』を舞われたのを鑑賞致しました。
その舞は、至極強い、力強いものでした。指先に至るまでエネルギーが充満し、凛とした玉鏡のよう。舞を通して、芸妓さんへとなる決意の現われが強く強く感じ取れました。それは、霜楓のようにも見て取れました。
両日共に、稚児と一人の女性の人生の節目に居合わせることが出来たことを、この貴重な体験をさせていただいたことに、感謝いたします。
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